アヘイ君の英語はなかなかお上手だった。
だいたい外国語をしゃべる人には二通りあって、ただ単語の羅列から出発した片言言葉をしゃべる人(現状 における私の中国語のようなもの)、そしてちゃんと系統だってしっかりと文法を学んでいるひと。2番目グループの人は語彙こそ少なく、意思伝達、感情表現の能力に劣るかもしれないが、聞く方の人間に話し手の知性を感じさせる。アヘイ君は後者だった。昆明の観光業の専門学校でアメリカ人から英語を学んだらしい。
「結婚しているの?」
ときくと。
「いやぁ...とてもとても...結婚するにはお金がかかるんですよ...今時の女は家と車がない男に は見向きもしませんからね。それが今じゃ車も家も高くなっちゃって...とても僕には手が届かないし...車持っていたって最近じゃガソリンの値段が高いし、ガソリンスタンド自体がガス欠なんてことも
時々あるんですよ...」
なんか身の上を聞いただけなのに、現在中国が抱える社会経済問題をその一身に背負ってしまったようなア ヘイ君。
(あぁ...やっぱり言葉は通じなくても美人のほうがよかったか...)
などと思ってみても後悔先に立たず。
石林は確かに天下の奇観。絶景ではありました。しかしそれ以上に私を驚かせたのは、中国人観光客の多さ。人、人、人...どこを観ても人だらけ。これ皆、ほとんど、99.9%中国人。これでオフピークだというのだから、ピークシーズンになったらどんな人出になるのか、想像もつかん。
[民族衣装でコスプレに興じる観光客]
石林の岩道を上ったり、下ったりして一回りしたところで、「お約束」のお土産屋さんにつれてこられた。
怪しげな英語をしゃべる店のおじさん(彼の英語はアヘイ君の逆の片言タイプ)にお茶をすすめられ、書画を眺めていると、見覚えのある漢字の羅列が...
「月落ち鳥啼き...って、オイオイ...これは楓橋夜泊じゃないか。なんでこんな場違いな詩が雲南くんだりにあるんだ。蘇州ならわかるけどさ...」
「おぉ、この詩をご存知ですか。お客さん、学がありますねぇ〜...」
(いけねぇ...お茶飲んでさっさとお邪魔しようと思っていたのに...てめぇの半端な教養と見栄っ張
りが災いの元だぜ...)
「あぁ、お客さん...よく中国文化をご存知のあなたに、うちのプロフェッサーが書を差し上げたいと申しております...」
よくみると土産物屋の奥の方で、広い机にむかってお茶を飲み飲み芸術本を読んでいた老人が、やおら二本の筆を両の手にとり、半紙に向かっている。
(ますます、いけねぇな...)
老人は左右の筆を器用に交互に使いながら四文字を書きあげた。
「お客さん、どうですか?読めますか?」
「藝無国境...芸術に国境は無い...」
「おぉ...すばらしい...」
(てやんでぇ...くせぇ言葉書きくさりやがって...)
「プロフェッサーはお客さんにこの書を差し上げると言っております。いえいえお代はけっこうです。でももしここにある書や絵をお買い上げになるのであれば、お値段安くしおきますよ...」
(そらきた...)
「それでは、書にお名前を書かせていただきますので、こちらにあなた様のお名前を...」
「あぁ...だったらうちの息子の名前にしていただきますか。名前は麟...」
「おぉ...それでしたらご子息にもう一つ書を...プロフェッサーもよいと言っております。いえいえ...もちろんお代は結構です。でも、もしここの書画を...」
(しつこいな〜)
「それでは墨が乾くまでこちらでお待ちください...どうですか...この水墨画もプロフェッサーの作です。もしお望みでしたらお値段はお安くしときますよ。」
「はいはい分かりました、分かりました。負けました。それじゃここの竹の掛け軸をお願いしますよ...ほんとにもう...」
「ありがとうございます。このお金は地元の学校に寄付されますので...」
(本当かよ...)
結局掛け軸二つ(竹の水墨画と私の姓名を読み込んだ七言絶句)を持たされて土産物屋を後にしたのでした。
見事に土産物屋と「プロフェッサー」の連携プレイにやられてしまった私。
掛け軸2本をデイパックに突っ込み、アヘイ君に誘われるまま中国人観光客の団体をかきわけかきわけ石林風景区のなかをすすむ。
しばらくすると、民家風の建物の前につれてこられた。
土産物が並ぶ入り口を通り抜けると、八畳ぐらいの個室が通路を挟んで左右に並ぶ作りになっている。その個室の一つに入ると、今度はお茶の試飲。
オイオイ...また買わせるの?
私とアヘイ君だけを相手に、民族衣装の女性がまずは一杯...と迎賓茶(だったかな?)という緑茶だか白茶を注いでくれる。おぉ...爽快じゃ。
次に名産のプーアル茶。でもなぜか普通のプーアルと違って、発酵前らしく、色が薄い。うむ...美味じゃ。
引き続きウーロン茶、紅茶...と全部で六種類ぐらいのお茶を入れてくれる。最後の方のお茶はどうも甘くてかなわなかった。なんか変なもんがまじっていそうだ。
「どれが気にいったか、って彼女が聞いています...」
とアヘイ君。
(そらきた...)
と思いつつ、
「この発酵前のプーアル茶かなぁ...」
というと、プーアルの茶筒を持ってくる。値札には200元と書いてある。
「これ、あなたには特別に100元で売ります...」
...買っちまった...。
中国での値切り交渉はまず言い値の半額というのが鉄則らしいが、いきなり向こうから半額にしてきたのに面食らって、つい財布のひもを緩めてしまった。
それにしてもいい加減な値段設定だな...。
わざわざ試飲室を個室に分けているのも、ふっかけられる客にはとことんふっかけようという魂胆からなのだろう。
密室各個分断殲滅商法...ってか?
なんかすでにカモられるのにすっかりなれてきてしまった私は、目の前に並んだ茶で一服しながら個室の壁を眺めてみた。そこには大きなポスターがあり、「雲南三宝」と書いてある。ポスターの写真はいろいろな農場施設を視察する前共産党書記長、江沢民氏の姿。雲南省の「三宝」とは、お茶、タバコ、そして漢方薬の三七という植物の根らしい。
なんかいまいちパッとしない特産品だ。
いくら工場生産拠点が沿海部から内地に移ってきているとはいえ、雲南省のような交通の便の悪い奥地で、特産品がお茶とタバコと漢方薬じゃ中国の他の地方のような派手な経済発展は望めないだろう。市内の交通渋滞には厳しいものがあったが、去年訪れたヴェトナムのホーチミン・シティーやハノイのようなギラギラした活気はない。結局この地は観光産業に頼らざるを得ないのだろう。
この日、半日わたしにつきあってアヘイ君の手取りは80元。市内の庶民的な飯屋で食べた定食がだいたい5元ぐらいだから、生活には困らないだろうが、確かに家や車のようなインフレの影響をまともに受ける贅沢品には手が届きにくいのだろう。
そんな彼の目の前で100元のお茶を「はいよ」と買ってしまったことに一抹の理不尽さを覚えながら、今度は茶の販売所の隣の竹で作られた民家につれていかれた。そこは20畳ぐらいの土間になっており、古ぼけたはた織り機や、農作業の道具が陳列されていた。
他の五・六人の中国人観光客の男性と一緒に、木の切り株を使った小椅子にこしかけていると、小柄な民族衣装を着た女の子がマイクを持って突然早口の中国語でなんかの説明を始めた。
「なんだ、なんだ...おい、アヘイ君、いったい何が始まるんだ?」
と隣に座ったアヘイ君に尋ねたところ、背後から唐突に女性の嬌声がわき起こった。
「うぁ〜、何事じゃ!」
と振り向こうとしたとたん、駆け寄ってきた女の子数人に後ろから頭にアヘイ君がかぶっているような帽子をかぶせられ、ハート型の布製ペンダントが着いた首飾りをかけられ、チャンチャンコのような民族衣装のベストを着させられ、紅いうす絹でできたスカーフを手渡された。
私や他の観光客の「着せ替え」が終わると、女の子たちはキャーキャーいいながら、裏の広場に駆け出した。
「ほら、好きな女の子を捕まえて、そのスカーフをかぶせるんです!」
というアヘイ君。
なにがなんだか分からないうちに、しょうがないので立ち上がり、広場へ駆け出し、手近にいた女の子にスカーフをかぶせた。するとその女の子が私の手をぐいぐい引っ張って広場の先の別の建物の中に連れて行く。そこにはマイクをもった男性がいて、またなにかを中国語で説明しはじめた。
また小椅子に座らせられた私の横に膝まづいたくだんの女の子がなにか早口で私の耳につぶやき始める。
なるほど...どうやらこれは当地サミ族の婚礼儀式のデモンストレーションらしい...とやっと気がついた私。
ということはこの女の子は私に妻としての貞節の誓いの言葉をつぶやいているのかしらん...いやいや、この強引さから察するにどうやら私に夫としての義務を宣告しているのかもしれん...。
やっと状況把握ができはじめたところで今度は細いベンチのような腰掛けに女の子と一緒に立たされ、彼女の肩を抱きながらベンチから落ちないように彼女と立ち位置をいれかわる儀式。
これが終わってまた腰を下ろすと、今度は目の前にニュッと酒盃が突き出され、なんか白酒のようなものを飲まされる。
キュッと酒盃を干すと、これは親族代表役のような女の子たちが、背後から手を出してきた。なんじゃ、なんじゃ、と思って他の観光客の様子をみると、どうやらこいつらにご祝儀のお金をあげなきゃいけないらしい。しょうがないので、ポケットから札入れを取り出すと、彼女たちの手がウワーッと札束に群がる。
なんだかんだで300元ほどの出費。
トホホ...
目の角でアヘイ君の姿を探すと、思いがけない災難に遭っている私をうらやましげとも哀れみととれるまなざしで眺めているアヘイ君の姿がそこにあった。
そりゃそうだ。彼が半日かけて稼いでいる金額を彼女たちはこんなばか騒ぎに参加することによって観光客から巻き上げているのだから。
女系社会なわけだよな...。
集団カツアゲが一段落すると、女の子はまた私の手を引っ張って、他のめでたく婚礼相成った観光客たちと一緒に手を取り合ってスピーカ−から流れてきた音楽に合わせてフォークダンス。なんか半ばヤケになって気合い入れて踊ってしまった私。
これで結婚式パフォーマンスは終わり。
なんかグッタリ...。
[大騒ぎのヤラセ結婚式を斜に見ながらサミ族風水パイプをふかすオヤジ。竹をくくりぬいた中に水が入れてあり、普通のタバコを吸い口に挿して吸うらしい]
[昼飯で食べた蜂。蜂の子というのは聞いたことがあるが、これは子供だけじゃ無くて親の成虫も混ざっている。蜂の親子丼?]
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