Friday, December 28, 2007

Blowback

パキスタンのブット元首相暗殺事件。自分で考えてみて、多分こんなんところじゃないかというあたりを書いておく。自分の見方が100%当たっているとは思わないが、とりあえず仮説を立ててみて、今後の時局の発展の中で自分の見方を検証していく出発点とするわけだ。

いくら民主的に選ばれたとはいっても、反アメリカ感情の民衆におもねるポピュリスト(要するに日和見主義)のリーダー、シャリフにがまんできなくなったアメリカが、軍のトップ、ムシャラフのクーデターを容認したのが199910月。それまで反米・親ソというスタンスだったおとなりのインドに対抗させる意味でアメリカはパキスタンに肩入れしてきていたわけで、そのみかえり(?)にパキスタンの不良・腐敗政治家連中をがまんしていたのだが、ソ連の崩壊とインドのアメリカへの歩み寄りの結果、そんな必要もなくなってきたわけだ。

2001年の9.11以降もムシャラフはイスラム過激派を弾劾し、ブッシュ大統領の覚えもめでたかった。

しかしブッシュとしてはどうしても任期が終わる前に、パキスタン・アフガン国境地域に潜伏しているらしいオサマ・ビン・ラディンを捕まえたいところ。一方ムシャラフとしては自分の脆弱な支持基盤をアメリカの手先としてちょこまかして、イスラム過激派を刺激、人心離反ということでむやみに犠牲にしたくはない。

あせるブッシュ政権。

しかしせっかく穏健派のムシャラフをトップに据えたのに、そのムシャラフにプレッシャーをかけることで得するのがイスラム過激派じゃ、パレスティナをハマス政権にのっとられた失敗の二の舞だ。

そこでムシャラフへの牽制・対抗馬として、まちがってもイスラム過激派の旗手などになりそうも無い、ブットを送り込む。

ところがブットのカムバックのどさくさにまぎれて1999年以来亡命していたシャリフまで戻ってきてしまい、パキスタンは政情不安の下降スパイラル。しかも来年早々には総選挙が控えている。選挙の結果で政局混沌...なんてことになってしまったら、とてもじゃないがオサマ捕縛...なんておぼつかない事態だ。

ここにいたってブットを捨て駒にし、暗殺の黒幕としてのイスラム過激派への憎悪で国民感情を統一させるという青写真を誰かが書いたとしても不思議じゃないような気がするのだが、どうだろう。

実際に引き金を引いたのがイスラム過激派だとしても、こんな絵を描いた人間は違うところにいる気がする。

タイトルにした「Blowback」とはCIAの隠語で、秘密作戦の影響で不測の結果が生じることをいう。たとえばアフガン戦争における対ソ連ゲリラ支援がアルカイダを産んだような事態だ。

この言葉が初めて使われたのはパキスタンのおとなり、イラン。1950年代。民主的に選ばれた首相モサデックのイラン石油産業の国有化運動に対抗して、パーレビ国王を担いだCIA主導のクーデターを起こしたのだが、結果としてこれがホメイニ師のグループによる反米イスラム原理主義クーデターの遠因となってしまった。

ここらへんに興味がおありの方はドキュメンタリー映画「Why We Fight」(2005)をどうぞ。

パキスタン人はもっと視野を広く遠くもって自国の進むべき道を考察しなきゃだめだ。このままではいつまでたっても貧しく、他の国に利用されるだけの国ということになってしまう。

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