Friday, August 31, 2007

Hollywood Espionage

昨日の「ゼンダ城の虜」エントリーで触れた「第二次世界大戦前夜のハリウッドにおけるイギリス・スパイの活動」の続き...

あのエントリーでも書いたとおり、この話を初めて聞いたのはゴア・ヴィダルの「Screening History」という短編エッセーを読んだとき。主に戦前、1930年代の映画を背景に当時のアメリカ政界とヴィダル個人の思い出を語っている、その向きがお好きな方(オレぐらいか?)には面白い本です。

本来であればこうした「スパイ物」の話題はたまねぎの皮をむくように、外側から核心にじわりじわりと話を進めていったほうが面白いのでしょうが、いきなり本題から入ってしまいます。

映画監督・プロデューサーであったアレクサンダー・コルダ(1893~1956)はウィンストン・チャーチルのハリウッドにおけるエージェントだったのです。

亡命ハンガリー人(ユダヤ系)であったコルダがイギリス国籍を取得したのは1936年。1942年にはナイト位を授爵しています(チャーチルが首相だった時)。

そしてコルダ君、本国イギリスがチェンバレン首相の下で反戦ムードに流れる中、チャーチルの意を請けて、一生懸命

「アメリカ人諸君、風前の灯のイギリスをともに救おう」

っていうプロパギャンダ映画を作っていたのです。

いや、プロパギャンダ映画といってもナチのゲッペルスがやったような露骨なヤツではなく、もっと微妙なヤツですが...

例えば...

「紅はこべ(The Scarlet Pimpernel)」(1934年)
主役のサー・パーシー・ブレイクニーを演じるのは、レスリー・ハワード。後の「風とともに去りぬ」のアシュレー君。なんとコルダと同じ、ハンガリー系イギリス人。

お話の内容は...フランス革命の下、暴政の犠牲となりギロチンの露と消えゆく運命のフランス人貴族たちを救う謎のヒーロー「紅はこべ」の正体は...いかに!

...ナチスの暴政の下、犠牲となるユダヤ人たちの命を救うヒーロー...はいないのかい!

Conquest of the Air」(1936年)
航空技術の発展をなぞったドキュメンタリー・タッチの作品。第一次世界大戦における航空戦の映像もあり。若きオリヴィエが再現シーンで出演しています。

...再軍備したドイツに遅れをとっているものの、イギリスは空軍力の充実に力を注ぐべきだ!これは当時、野に下っていたチャーチルが提唱していた政策。ちなみにイギリス空軍のスター戦闘機スピットファイアの試作機初飛行はこの映画と同じ1936年のこと。

Fire Over England」(1937年)
スペインの暴君、フィリップ二世の命により迫りくる無敵艦隊!エリザベス女王とイングランドの運命はいかに?!オリヴィエとヴィヴィアン・リー演じる若い二人の恋人たちの運命は?!そして果敢にスペイン艦隊に夜襲をかけるオリヴィエ君の命運は!?

...ヨーロッパ本土は暴君の手に落ちた...しかし小国とはいえイングランドあるかぎりヨーロッパに自由の光は消えないのだ!がんばれイングランド!(アメリカ早く応援に来い!)

The Four Feathers」(1939年)
所属部隊の出撃直前に部隊を辞した元英国陸軍士官が、「臆病者」の汚名を雪ぐべく、窮地に陥った部隊を救う大活躍!

...アメリカ!まだ遅くはないぞ!早く応援に来い!

なお、この作品には「ゼンダ...」のザプト大佐ことオーブリー・スミス君が登場します。

That Hamilton Woman」(1941年)
イギリス海軍のヒーロー、ネルソン提督(オリヴィエ...またかよ...)とハミルトン夫人(ヴィヴィアン・リー...またかよ...)の間に燃え上がる不倫の恋...しかし暴君ナポレオンある限りヨーロッパに平和は訪れない。ヒーローは恋人の腕を払いのけ、祖国のために死地に赴かなければならないのだ!

この映画はチャーチルのいちばんお気に入りの映画だったとか。

ヴィダルによれば、こんなコルダ君や関係者のがんばりにより、1937年にプレイボーイなエドワードのピンチヒッターとして戴冠したジョージ六世(今のエリザベス二世のパパ)が北米訪問でアメリカに来たときには、映画好きのアメリカ人たちはすっかり「国王の勇敢なるしもべ」を演じる用意ができていたとか。

ヴィダルの観察によれば、当時のイギリス人映画制作者もアメリカ人の大多数が世界地理にうとい事を知っていたので、映画の冒頭に必ず「地図のシーン」があったのだとか。つまり、誰かが主人公の手を取り、地図や地球儀を指差して、

「ごらん...この島国がイングランドじゃよ...」

というシーンが必ずあったと。

そういえば、「カサブランカ」の冒頭でもフランスのパリからカサブランカまでの道のりを示す「地図のシーン」があったっけ。

確かに今でも「日本は中国南岸にある」なんて平気で言っちゃうアメリカ人ですから、ちゃんと教えておかないと勘違いな国に攻め込んじゃうかもしれないもんね。(ブッシュもイラクにいっちゃったし...。)

チャーチルはお父さんの代からロスチャイルド家と関係が深い。それだけが理由じゃないと思うけれど、チェンバレンに代表されるイギリスのエスタブリッシュメントがナチスのユダヤ人に対する差別政策に目をつぶって和平政策をとるようなことに、チャーチルはがまんできなかったんだろうなと思うわけです。そしてそうした背景がチャーチルと反ドイツ・親イギリスで結束したユダヤ系映画人たちのネットワークの接近に一役買ったのではないかと思うんですが、どうでしょう。

なお、「ゼンダ城の虜」のプロデューサーはデイビッド・O・セルズニック。彼もユダヤ系です。そしてこのセルズニックが一世一代の大作「風とともに去りぬ」(1939年)に取り組んだとき、主役のスカーレット・オハラに抜擢したのがコルダ作品で世に出たヴィヴィアン・リーだったというのには、なにか因縁があるのでしょうかね。

なお、日露戦争時に戦費拠出のためにロンドン・ニューヨーク市場で国債発行を模索していた高橋是清がその目的に成功した陰には、当時ユダヤ人圧迫政策をとっていたロシアに反対するユダヤ人ネットワークの協力があったからなのだ。そこにもチャーチルとロスチャイルドは登場している。

追記:念のため言っておくが、私は「ロスチャイルド家の陰謀」...「赤い盾」...まがいの陰謀説者じゃございません。誰が言った言葉か忘れたが、「陰謀説」というのは、万事万象の因縁関係は知り得る、また説明できると思い込んでいる人間の傲慢の現れなのだそうだ。

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