Tuesday, January 27, 2009

オバマの中東ギャンビット

ギャンビット:ギャンビット (Gambit) はチェスのオープニングにおける戦術の一つ。駒(通常はポーン1個)を先に損する代償に、駒の展開や陣形の優位を求めようとする定跡を言う。イタリア語の足(Gamba)の派生形が語源とされている。(Wikipediaより)



オバマ大統領の就任後最初のインタビューがアル・アラビヤ放送とは!

コチラの記事がいうように、これはトーン(語調...という言葉では訳しきれんな...)の変化であって、アメリカの中東政策の変更ではないが...。

あいかわらずドラマティックなオバマ氏であった...。

ザ・ヴォイス

俳優のジェームズ・アール・ジョーンズさんが、スクリーン・アクターズ・ギルド・アワードで特別表彰されたらしい。


以前もふれたが(コチラ)、この人ダース・ベーダーとライオン・キングのムファサの声もやっているんだよね。

「子供たちが『私はオマエの父だ〜』とやってくれとたのむんだけど、彼らの方が私のセリフをよく知っているんだ。あの映画では、私は台本を読んでいただけだったからね...」

なんと、あの「ディス・イズ・シーエヌエヌ...」の声もこの人だったのか。

こんな深い美声、私も欲しい。

Monday, January 26, 2009

ビジュアルなビジネス・ニュース

以前のエントリー(コチラ)でちょっと触れたが、日本の「株式ニュース」のプレゼンター女史は必ず福顔でなければならないという不文律があったとか、なかったとか。

ちょっとチェックしてみた。

以前の株式ニュースのキャスター、甲斐洋子さん(1990年〜2003年)のブログ(コチラ)。


「株式ニュース」が終了し、「Opening Bell」、「Closing Bell」なんてブルームバーグしちゃった後継者が登場したが、こちらで今も活躍されている大里希世さんのブログはコチラ(所属エージェンシーのページはコチラ)。

たしかに、福々しい...のかな。

しかしお二方とも私が最近発見したCNNのステファニー・イーラム女史にはかなうまい。


なんというか...福々しいとうより...たくましい...イーラム女史。不況の時代の今、ブレークしそうな予感がする。

ちなみにブルームバーグはコーポレート・イメージを変えた方がいいと思う。あの黒とゴールドのテーマ・カラーは陰気くさい。そのクラ〜い画像フレームの中からシャープな感じ...とうか頬がこけたプレゼンターが「消費者需要に関連してさらに悪い数字が...」なんてしゃべると、こっちは思わずお下品に「Eat, Skinny B*tch, Eat!」と叫びたくなる。

ま、どうでもいいんだけどね。

オマケ。以前もご登場いただいた(コチラ)CNNの看板娘(なのか?)エリカ・ヒル女史の豹変ぶり。

本当に同一人物か?
































閑話休題、言帰正伝...。

アラブ首長国連邦のカーボン排出ゼロ都市計画 ー Masdar City

自分のためのメモ用エントリー。

Sunday, January 25, 2009

アフガニスタン ー ニューヨーク・タイムズ紙から

前回のエントリーに関連して、タイムリーに出てきたNYTの記事(コチラ)。

ついに、カルザイ更迭論がでてきている。(って、オレが知らなかっただけ?)

Friday, January 23, 2009

チーム・クリントン@ステイト・デパートメント

オバマさんの国務省での「仕事初め」スピーチ。国務省っていっても、実質は「外務省」なんだよね。(ジェファーソンの長〜い影...。)

お約束のヒラリーの国務長官に続いて、英首相ジョン・メージャー/トニー・ブレアー、アイルランド共和国首相とともに北アイルランド紛争に終止符を打った元上院議員(メイン州)のジョージ・ミッチェルが中東担当。旧ユーゴスラヴィアのボスニア紛争の終結に活躍したキャリア外交官のリチャード・ホルブルックがパキスタン・アフガニスタン担当。

まさに外交のプロを前面に押し出した布陣。

そしてお二人とも、ビル・クリントン政権のOBということで、まさにヒラリー率いる「チーム・クリントン」の観あり。

意地悪な見方をすれば、アメリカ国民の8割近くが、新政権の最重要課題は「経済・景気対策」といっているなかで、政治的にはアメリカ国内へのアピール・ポイントが少ない、そして多分華々しさもないし、成果が出るまで時間のかかる「外交」をクリントンさんに「丸投げ」したともとれる。

ミッチェルさんは北アイルランドの時と同様、紛争地域内で活動するテロ組織を、紛争地域外からサポートする支援ルートを断つという攻め口で成果をあげていこうとするのだろう。そうなってくると、パレスティナ周辺のエジプト、シリア、ヨルダン各国との連携が重要になってくるだろう。(ここでのアキレス腱はもう先は長くないエジプトのムバラク大統領とその政権の後継者問題やね。エジプトで政情不安なんてことになった日にゃあ目もあてれねぇや。)ここらへんからの直接支援に支障が出てくると、パレスティナ/レバノンで活動するハマス勢力としては、異民族(ペルシャ人)、異宗派(シーア派)であるイラン政府からの支援への依存度を高めていくことになるのだが...「悪の枢軸」発言のブッシュさんが退場した後、イランとの対話外交を掲げるオバマ政権との「デタント」がすすんだ場合、イランとしてはそこまでぬかるみに足を突っ込みたくはなかろう。イランとの直接対話外交で成果があがれば、イラン情勢とイランへの発言権をテコにしたロシアの中央アジア外交における抬頭をチェックすることにもなる、と...まぁ、そう絵に描いたように上手くいけば...いいんだけどねぇ...。


キャリア外交官のホルブルックさんとしては、うまくやっていかなきゃいけない相手が身内にいる。イラク沈静化で(それなりの)成果を上げたとされていて、ブッシュさんの覚えもめでたかった、元駐イラク米軍総司令官のペトレイウス将軍がアフガニスタン駐留軍の総司令官としてすでに着任している。この米軍エスタブリッシュメントと、多国籍軍との連携をどう上手に乗りこなしていくのかというのが課題だね。なんかまるでボスニア2.0みたいな感じ。もしニッチもサッチもいかなくなったら、コリン・パウエル将軍の登場っていうのもありか?


こうした新アメリカ外交基軸のなかで、日本ができるのはアフガニスタンへの経済援助と、インド洋でのガソリンスタンド。北朝鮮は二の次になっているようだし、平壌へは北京経由でいったほうがよっぽど早いということはもう常識。日本外交は冬の時代...とはいっても、「ジャパン・パッシング」だ、「ジャパン・ナッシング」だと見苦しく騒ぐのではなく、こういうときこそ「寒肥え」の仕事が大切なときですぞい。

それにしても、世界外交も新時代の幕開けかも知れん。世界経済の停滞で、グローバライゼーションにブレーキがかかった(ぜったいリバースにはならん)ところで、人権・人道主義そして資源の最適活用と反保護主義経済政策に根ざした世界関係が成長していって欲しい。いいかげんブッシュ政権下、ネオコン外交「専門家」による、キッシンジャー・東西冷戦時代外交2.0、というか19世紀欧州列強ディプロマシーの焼き直しみたいなのはもうこりごりだよ。

Wednesday, January 21, 2009

諭吉の奇才、龍馬の機才、海舟の鬼才

オバマ大統領の就任演説を聴き、その後つづけて大前さんによる渡辺喜美さんの自民党離党(プラス、加藤さんの定額給付金に関する発言)の解説(以下に載っけときます)を聞いて、従前考えていたことを思い出した。

1855年から1858年まで、緒方洪庵の適塾で医学を目的としてオランダ語を勉強していた福沢諭吉が、1859年横浜居留地へ見物に行った一日の経験で、

「英語勉強しなきゃ!」

となって、「西洋事情」「学問のススメ」を世に出すようになったのは、福沢先生の日本史上、稀にみる奇才たる所以でしょう。


1853年、当時江戸剣術修行中だった坂本龍馬が、ペリー来航に伴い品川海岸警備に駆り出され、そこで初めて蒸気船を目にした12年後の1865年には亀山社中を組織して海運・貿易会社を始めるまでに至ったのは、彼の不世出の機才の証左でしょう。






1860年、咸臨丸で渡米し、帰国した勝海舟は、将軍家茂と幕閣に拝謁した際、アメリカは日本とどう違ったかときかれ、

「アメリカとて同じ人間の国、たいして違いはございません。」

と答えた。

そんなはずはなかろう、と幕閣が食い下がったので、

「しいていえば、我が国と違い、アメリカで高い地位にある者はみなその地位相応に賢うございます。」

と、いっちゃった。

開国に際して、全ての人の目が彼我の違いに向いていた時、「所詮みんな同じ人間さ」とものごとの本質を見抜いていたこと。そして最大の違いは経済産業でもなく、科学技術でもなく、我が国の封建・門閥・世襲の因習であることを把握していたこと。

希代の天才、海舟の面目躍如でしょう。

...麻生も渡辺もみんな世襲議員じゃねぇか...。

Today's the Day...

Monday, January 19, 2009

オバマとリンカーン

明日のワシントンDCでの就任式へ列車で向かうオバマさん。


オバマさんと同じくイリノイ州出身の先輩、第16代大統領エイブラハム・リンカーンの故事にならった...といいますが、南北戦争直前で南部の急進派から暗殺の危機にあったリンカーンさんのワシントン到着はお忍びだった。

真相のほどは、私ごひいきのゴア・ヴィダルの小説「リンカーン」のテレビ・ドラマ・ヴァージョン(1988年)の冒頭をごらんくだされ。


このテレビ・シリーズでリンカーンを演じたサム・ウォーターストーンさんと、原作者のゴア・ヴィダルが制作にあたってのリサーチについて語ったのが、以下のビデオ。以前のブログでちょっとだけお話しした(コチラ)「リンカーンとシェークスピアの『マクベス』」について、ヴィダルが語ってくれています。


リンカーンの戦死した兵士の遺族宛の手紙を読みながら、思わず涙ぐんでいるウォーターストーンさん...きっといい人です。

それにしても...1861年、大統領に選出されたリンカーンは確かにイリノイ州の州都、スプイングフィールドからワシントンまで列車で向かったけれど(もっとも当時それ以外に交通手段がなかったけれど...)、当のリンカーンさんにとって、あの列車旅行は片道キップの旅だった...ってことみんな理解して...いるんだろうな...。

そんなわけで、リンカーンさんが旅立ちに際して、スプリングフィールドの支持者へ送った、「送別の言葉」が非常に重いわけです。

以下、その最後の部分を転載...

「My friends, no one, not in my situation, can appreciate my feeling of sadness at this parting.  To this place, and the kindness of these people, I owe everything.  Here I have lived a quarter of a century, and have passed from a young to an old man.  Here my children have been born, and one is buried.  I now leave, not knowing when, or whether ever, I may return, with a task before me greater than that which rested upon Washington.  Without the assistance of the Divine Being who ever attended him, I cannot succeed.  With that assistance I cannot fail.  Trusting in Him who can go with me, and remain with you, and be everywhere for good, let us confidently hope that all will yet be well.  To His care commending you, as I hope in your prayers you will commend me, I bid you an affectionate farewell.」

この「サヨナラ・シーン」が感動的なのが1940年の「Abe Lincoln in Illinois」。以前のブログでもご紹介しましたが(コチラ)。



この映画のハイライトの一つ、リンカーン対ダグラスの討論シーン。


なぜ、この討論会で奴隷制批判を行ったリンカーンが、イリノイ州上院議員選挙で民主党候補ダグラスに負けて、その後の大統領選挙(全国選挙)で共和党の候補として勝利したのか...ということを勉強するのがアメリカ史理解の第1歩だと私は思いますです、ハイ。

いよいよ明日に迫った就任式。どんなスピーチをしてくれるんでしょうか。楽しみです。(そんな私のこころをみすかしたかのようなこのCNN、ザカリアの番組...歴代大統領のスピーチライターのおしゃべり...面白いです...パット・ブキャナンって、意外に頭良さそう...。)


オマケ...なんか「シントラーのリスト」のリアム・ニーソンさんがリンカーンを演じて、スピルバーグが監督する「リンカーン」映画がプロジェクトされているらしい...(コチラ)。なんか...エイブ...君...最近、流行ってるよ...。

(それにしてもフォレスト・ガンプのお母さん...こと、サリー・フィールドがリンカーン夫人たぁ、ずば抜けた適役だね。)

Tuesday, January 13, 2009

シリアのファースト・レイディー

シリアのアサド大統領の奥さん、アスマさん。

以前ご紹介(コチラ)のヨルダン女王のラニアさんもそうだが、中東の女性は美人が多い。(そして、失礼ながら...キャロライン・ケネディよりも頭が良さそう...。)

(もっとも、こうした目鼻立ちがくっきりした顔は、東洋人顔になれていると「コワい」と感じてしまう...コチラ。)

なんかイスラエル軍のガザ侵攻で、イスラエル陣営とパレスティナ陣営のプロパギャンダ合戦の観があるが、美形のアスマ大統領夫人に対抗しているのが、イスラエルの外務大臣、リブニ女史。


汚職スキャンダルで泥まみれのオルマートさんの後継に目されていたが、今回の侵攻で火中の栗を拾わされてしまったかっこうだ。

どうでもいいが、いいかげんに不毛な戦いをやめようという人はいないのかい?

アルカイダのような近代化とグローバライゼーションに対抗するイスラム原理主義陣営と、反イスラエル・パレスティナ回復運動の合流を、ハマスという形で実現させてしまい、イラクにかまっている間これになすすべがなかったのは、ブッシュ政権の大失敗だな。

トム・ハンクスがおもしろい—ゴールデン・グローブ賞

以前ご紹介(コチラ)のアメリカ第二代大統領、ジョン・アダムスの伝記テレビ・ミニ・シリーズで、プロデューサーとしてゴールデン・グローブ賞を受賞したトム・ハンクスのインタビュー。

Sunday, January 04, 2009

「当機はただいま気流の悪いところを飛行中です」

皆様、よい新年をお迎えになられたことと思います。今年もよろしくお願いいたします。

激動の2008年。そして2009年も波乱含みのスタート。かく言う私もアメリカから押し寄せた津波に呑まれてしまい、昨年11月より素浪人の身の上です。

オバマさんに「当確」がでた翌朝一番にニューヨークの上司から電話があり、

「...すまん...。人員カット数のノルマの割当があって...どうしようもないんだ...。」

まぁ、香港オフィスでも、個室持ちのVPレベルの同僚たちが「サヨナラ」されていたので、「こりゃ、もしかしたら...もしかするぞ...」と感づいてはいたのですが、実際に当事者になってみて、思ったのは、

(...本当に「CHANGE」がきてしもた...。)

その後、セガレの運動会があった週末にかけて、

「なんでこのオレ様が...誰かに仕組まれたか...ただではおかん!」

などと、少々みっともなく心の中で「取り乱し」ておりましたが、何がきっかけだったのか、翌週明けには、

「ま、こんなこともあるさ。」

と、「次いってみよ〜!」モードに。

おかげさまで会社の方から手厚く「手切れ金」をいただいたので、当分はリラックスして「一休み、一休み」。また、当地の法律事務所に「コンサルタントもどき」の仕事を頼まれてるので、「退屈/退化」せずに「次」を考えることができそうです。

かくなる次第で、個人的には見通しが立ちにくい新年スタートですが、とりあえずおせちのレンコンと黒豆を多めに食べておきました。























不況にめげず、いい年にしましょう!



オマケ:クリスマス・プレゼントでチュウバッカに変身中のセガレ。
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